日本人にとって主食として欠かせない食事となっているパン。新しいパン屋さんができればテレビや雑誌に取り上げられ、生活の中でも目にする機会が多くあります。
そんな昨今パン屋さんとして独立開業したい方が増えてきていますが、同時にパン屋さんの倒産件数は過去最大であったり、実際に独立開業して経営を軌道に乗せるのは簡単なことではありません。
名古屋市天白区で「ブランジェリー ぱぴ・ぱん」を経営する笠間さんは、フランスや千葉での修行を経て2003年に独立。多くのメディアで取り上げられ、お客さんの絶えない人気店として成功しました。
「パン屋さんとして独立・開業するためには、パンをつくる技術だけでなく、3つの力が必要だ。」そう語る笠間さんから、パン屋さんとして独立開業して軌道に乗せる方法をうかがいました。
パン作りを学ぶだけでは独立開業してもうまくいかない理由
――笠間さんは2003年に「ブランジェリー ぱぴ・ぱん」を開業後、順調に売り上げを伸ばされているとお伺いしました。その秘訣を教えてください。
笠間:パン作りの勉強はもちろんなんですが、お店を経営する知識や商売の知識を身につけたことです。パン屋さんと聞くとどうしても技術に目がいきがちですが、独立してお店を「経営」するならパン以外の知識を同時に学ぶ必要があると「気づく」こと。
ここが長期的な成功への重要なポイントだと思います。
――ちょっと意外な回答ですね。パン職人を目指す人なら、はやはりまずパン作りの技術習得が一番大事だと思っているかもしれませんよね。
笠間:独立を前提で考えた時の話です。今の時代パンが美味しければお店が繁盛するとは限りません。お店の清潔感・接客態度・出店場所・利益の計算など、
小さなお店でも商売をするつもりなら商売をする人間としての勉強をしないと開業後、苦労するのは普通に考えてごく当たり前のことですよね。
現在お店で働いているこの中には将来独立を目指している子も多いですが、彼らには日々のパンを作りながらも経営感覚を持って働くことを意識付けています。
笠間さんのおっしゃることは商売人としては真っ当なことですが、パン職人なりたい人がなかなか意識できないことが多い気がします。そんな笠間さんはどのようにして、今のお店を繁盛させたのでしょうか。
サラリーマンからパン屋さんへの転身。フランス修行で得たもの
――笠間さんがパン屋さんになったきっかけはなんですか?
笠間:元々東京でサラリーマンをしていました。3年半働いていたのですが、青臭い正義感だけの若者、いやバカ者だったので、オレは勤め人としてはやっていけないと勝手に決めて辞めてしまったんです。先のことも考えずに(笑。
その後、取引先の社長に声をかけてもらってアルバイトしながら将来を模索していました。そして学生時代ずっと飲食のバイトをしていたこともあって、なにか手に職をつけて独立したいと考えるようになったのです。
なぜパン屋かと言われたら困るのですが、今から独立するならパン屋だ!と・・直感で決めていました。今思えば、浅はかではあったと思います(笑。*ほんとうの理由は後述
――会社を辞めた後はどうやってパン屋になったのですか?またどんな修行をされたのですか?
笠間:独立支援を謳っていた千葉県にある小さなパン屋さんで、3年半ほど修行しました。しかし、その間、自分の思うようにはなりませんでした。
独立支援とは名ばかりで、日々の仕事に追われるだけで肝心のパン作りはほとんど見よう見まねで独立に向けたサポートなどはほぼありませんでした。
そんな中でも接客はしっかりやっていて、お客さんには「いつも美味しいパンをありがとね」とか「頑張ってるね」と声をかけてもらうことも多く、大変な仕事だけどやっぱりいつかはパン屋で独立したいという想いが強くなっていきました。
ここでの修行では技術は十分学べませんでしたが、サービスをはじめ経営については実践を通して多くを学ぶことができました。独立した後にこの時の経験がかなり役に立っていることに気がついて、今ではとても感謝しています。
――なるほど、しかし当時はもやもやした時期が続いたと思うのですが、その後はどうされたんですか?
笠間:当時30歳になっていたのですが、パン屋への転職を決める前に、本屋さんでふと手にした雑誌にフランスでパン屋修行をしている女性の特集を見たんです。
じつは、この雑誌が私がパン屋になろうと思った最初のきっかけなのですが、その時まずは日本でパンを学んで、いつかはフランスに行きたいなとも考えていたのです。
そのことを思い出して、「そうだ!今こそ思い切ってフランスに行こう!」と決断しました。
国立製パン学校(INBP)に入学するため現地で1年間みっちりフランス語を学び、入学後は半年間フランス人と一緒にパン作りを学び、卒業前には国家資格のパン職人ライセンス(CAP)を取得。その後現地のパン屋さんで約一年間働きました。
結局2年半ほどフランスにいました。ついでに子供も産んで帰ってきました(笑。
――すごい行動力ですね!フランスではどんなことを学んだんですか?
笠間:まず、パン学校では、一からパン作りを学びました。本場の材料を使って最新の設備で当時の最先端のパンを懇切丁寧に教わりました。
日本での修行時代は教えてもらうことなどなかったので、何を聞いても教えてくれることに感動しました。学校だから当たり前なんですが(笑。
日本でパン作りの基礎は習得していましたが、部分的にしか学べていなかったので、全く自信がありませんでした。
それがフランスに来て部分と部分が一気につながり体系的にパン作りを学んだことにより、「あーそういう訳でこうなっていたんだ」とか、疑問に思っていたことが全部解明されて繋がったことでスポンジが水を吸うように貪欲にパン作りの技術を習得していきました。
技術における自信はこの時期に生まれました。
今のお店のパンは、全てこの時代に学んだフランスの伝統製法が基盤になっています。
卒業後は、地元(ルーアン)で創業50年の老舗石窯パン屋さんで修行させてもらい、本場フランスでもパン作りの原点のような環境で働くことがでパンだけでなく、パン職人の人生というものにも深い感銘と洞察を得ました。
日本でパン屋、パン職人として生涯を生きるイメージはなかなか得にくいですが、このルーアンのパン屋さんでの体験が心の中に目指すべきパン屋像として今でも強く刻印されています。
また、フランスへは妻と2人で行ったことで、パン屋さん以外の一般のフランス人と家族ぐるみの交流機会に恵まれ、現地の食文化をより深く学ぶことができたのも、今のパン作りにとても役立っています。
2年の滞在の終盤、当時はまだ珍しかったブログ(メーリングリスト)で修行の様子を発信したところ、自分に興味を持ってくれるパン屋さんがお声がけしてくださるという幸運(奇跡)に恵まれます。帰国後はそのお店で修行させてもらいながら独立する準備をはじめます。
――その後2003年に「ブーランジェリー ぱぴ・ぱん」を開業されるに至りますが、開業してみて感じたことはありますか?
笠間:パン屋さんは朝が早くて肉体的に大変な仕事ですが、きつかったという記憶はありません。むしろ時間があっという間に過ぎてしまう感覚があります。あっという間に1年が過ぎ、あっという間に20年が経ってしまったという感じです。とても不思議な感覚ですが、これは充実した時間であったからこそだと思っています。
また自分のやりたいことができていることが1番しあわせなことなのですが、それはお店の経営が軌道にのってこそだと思います。「ブーランジェリー ぱぴ・ぱん」は小さなパン屋さんですが、工夫をこらすことで年商5,000万円のお店に成長することができました。
もし、明日の支払いにも困るような経営状態だったらどんな考え方をしてもやりがいなど感じることはできないでしょう。だからやっぱり経営を学ぶ必要があります。
朝は早いがやりがいがあるパン屋さんの仕事
――続いてはパン屋さんの日常について聞かせていただきます。1日のスケジュールはどのような感じでしょうか?
笠間:うちのお店は9時半~19時(定休日:月曜日・火曜日)営業ですが、実際は朝5時半から仕込みをスタートしています。
5時30分:仕込みスタート
9時30分:お店オープン。接客をしながらパン作り
13時:焼き菓子づくり。休憩は交代で1時間ずつ
16時:夕方に売る分のパン作り。翌日の仕込みも同時並行
19時:お店クローズ。閉店作業後も翌日の仕込みをする
20時:仕事終了
笠間:時代とともに労働環境改善にも取り組み以前よりはだいぶ楽になりましたが、それでもパン屋は朝は早い仕事でありある程度の長時間労働は否めません。
しかし、それを上回る手作りへのこだわりと情熱を持つ者が独立を果たしお店を持っています。
――肉体労働をする時間も長く大変な仕事だと思いますが、やりがいはどんなところにあるのでしょうか?
笠間:やはりお客さんの美味しいかった!という言葉は嬉しいものですね。パン屋さんは地域のお客さんに来てもらえることが魅力で、美味しかったからまた買いに来たよ。あなたがいるから買いに来るんだ。などと言われると、疲れなどどこかへいってしまいます(笑。
今、社会は短時間でより多くの利益を得て、肉体労働をどんどん減らす方が良い暮らしだという流れです。
パン屋業界もできる限り労働時間を減らす方向へ動いていますが、正直なところパン屋に限らず飲食業を営む限り、ある程度の長時間労働は否めません。
その中で、やりがいを見つけることができるかどうかは、逆にどれだけ労働の原点である肉体を使って世の中の人の役に立ち喜んでもらい、なお自分の人生も楽しめるかだと思います。
思うに、パン屋(飲食)を目指すなら、”楽して稼げる仕事に就いて、不労所得で余暇を充実させる人生“とか、
今流行りの”ゆとりのライフスタイル”だけが、必ずしも幸せにつながるわけではない
ことを知っていることは大切なことだと思います。
働く喜び、労働の喜び
仕事があって、今日も元気に働けること
が、“じつはどれだけしあわせなことか”を知っているなら、
パン屋という職業が長期的に見て、どんなにやりがいのある職業か、いずれわかる時がくると思います。
私は死ぬ前日まで働いていたいと思っています。(笑
死ぬ瞬間まで、明日も買いに来てくれるお客さんのために厨房でパンを焼いていたい。
という気持ちで働いています。
そんなパン屋人生だったら幸せだと思うからです。
パン屋さんとして独立開業するために必要な3つの力
――パン屋さんとして独立し順調に店舗経営をする笠間さんが考える、独立開業に必要な心構えを教えてください
笠間:どの商売にも共通することなのですが、作る・売る・集めるという3つの力を身につけなければパン屋さんとしてうまくいきません。
作るというのはその名の通りパンを作る技術のこと。専門学校や店舗でもパン作りの技術を教えてくれるところは多いので、作ることに関しては皆さん意識が高く多くの選択肢があります。
しかし作ったパンをいかに売るか、お客さんを継続して集めるにはどうすればいいかということは、パン屋を経営する上であまりフォーカスされません。むしろ職人としてはそんなことは二の次とネガティブに捉えたれたりしています。
売る力。集める力を軽視している。または無関心なパン屋さんはとても多いのではないかと思います。
――なるほど。笠間さんはどうやって売る・集めることを学んだんですか?
笠間:修行先で実践を通じて経営について学ばせてもらったことはもちろん、開業してからも時間を作って経営・マーケティング・接客などさまざまな分野について本やセミナーで学びました。
パン屋さん同士のつながりはもちろんあるのですが、それ以外の分野の経営者とも積極的に交流してきました。異業種から学ぶことでより柔軟な発想ができるようになり業界の常識を打ち破りオンリーワンの経営アイデアを得られます。
――日々かなり勉強されているんですね。それほどパン屋さんの経営は学ばなければいけないことが多いということでしょうか
笠間:パン屋に限ったことではありません。時代が大きく変動しているので、その都度学ぶことはたくさんあります。本来、経営をするなら経営を学ぶことは当たり前なはずなのですが、他のパン屋さんを見ていると、未だこんなパンを作りました!こんな素材を使っています!だけで経営しているところがほとんどです。
今までもそうですが、これからの時代はますますそれだけでは経営は立ち行かなくなります。今はもうパンが美味しいことは当たり前、それ以外の接客やお店の清潔感、サービスの付加価値でいかに差別化できるかが重要になっていきます。
パン屋さんが続くかどうかは、パンの美味しさではなく他の部分で決まると考えるぐらいでちょうどいいかもしれません。
なぜ小さなパン屋さんで修行・経営を学ぶべきなのか
――笠間さんは修行先で経営のイロハを学んだことが今につながっているとのことですが、これから独立する人が修行先を選ぶポイントを教えてください
笠間:私見ですが大手のパン屋さんより、町の小さなパン屋さんをおすすめしています。大手のパン屋さんでは分業制が進んでおり、パン作りの人はパン作りに特化、接客の人は接客に特化する流れになっています。
もちろん経営的に効率化を求めた結果なのでシステムを否定することはありませんが、小さなパンさん(20坪ぐらい)を独立開業したい人にはおすすめしません。
独立してパン屋さんとして成功するためには、パン作りの技術だけではなく経営にまつわるあらゆる仕事を体系的に学び、同時にさばく力が求められます。
それらを総合的に学ぶためには、全てをこなす必要に迫られる町の小さなパン屋さんで修行するのが1番だと思います。
――町の小さなパン屋と言ってもさまざまなお店がありますが、その中でさらに修行先を絞るとしたらどんな点を見ればいいでしょうか
笠間:パンを作る技術だけでなく、経営を教えてくれるかどうかが重要ですね。独立支援をうたっているパン屋さんもありますが、実際経営知識も教えてくれて独立を支援してくれる店舗は実はかなり少ないです。
採用面接のとき、独立開業のサポートがあるか、経営知識も学べるかどうかはそれとなく確認することをおすすめします。
――笠間さんのお店では独立支援もされているとお伺いしましたが、修行内容を詳しく教えていただけますでしょうか。
笠間:うちでは「未経験からでも5年で独立」を目標に、パン屋さんで開業するためのスキル・ノウハウを積極的に伝えています。
パン作りはもちろんなのですが、接客・販売・集客、開業前には店舗の選び方など、独立開業後の経営を念頭に1年目から実践トレーニングをします。
これまですでに7人が当店で修行をして、自分のお店を出しましたがどのお店も順調に経営しています。現在も数人のスタッフが独立開業を目標に修行中です。
パン屋さんで独立するためには最低500万円の自己資金を貯める
――パン屋さんとして独立開業するためには、資金はどのくらい必要なのでしょうか?
笠間:パン屋さんを開業するためには、思っている以上にお金がかかります。専用ぼオーブン・ホイロ・冷蔵庫など設備投資だけでも数百万円。これに加えて不動産の初期費用・運転資金・人件費など含めると、1,500万円は用意しておきたいですね。
――1,500万円というとかなり大金です。資金はどのように調達すればいいのですか?
笠間:借り入れだけではまかないきれないので、自己資金は必要です。理想は自己資金で500万円貯めること。自己資金が500万円用意できれば、それを元手に金融機関から1,000万円借りられます。1,000万円の返済は10年かけておこなう計画であれば、月10万円ほどの返済ですみます。返済額を多く設定しすぎると売上が落ちたときにきついので、余裕をもって返済できる金額にしておきましょう。
――自己資金を500万円用意するためにはどうすればいいのでしょうか?
笠間:まず300万円貯めることを目標にしましょう。月5万円ずつ貯めれば1年で60万円、5年で300万円貯まる計算になります。残り200万円はさらに働いて貯めるか、もしくは親族から借りるなどして調達する人が多いですね。ぱぴ・ぱんでは独立を目指す人であれば、給料から5万円を開業資金として貯めるようにしています。開業資金用の口座を作って毎月5万円を貯めれば、5年後には300万円になっています。
――毎月5万円を貯めるのは強い意思がいるので口座を用意しておくのはいい方法ですね。
笠間:人間は意思が弱いので、仕組み化しておく必要があります。これは独立してからも役に立つ能力で、常に余裕をもって経営することの大切さも学べます。5年間の修行を乗り切れば、その時には十分独立してやっていけるだけの力と資金が貯まっているでしょう。
パン屋で独立・開業!年収1,000万円も夢ではない
――笠間さんのお店はかなり経営が安定していると思いますが、収入って実際どのくらいあるんですか?
笠間:おかげさまで年収1,000万円ほどあります。個人のお店で一店舗だけでこれだけの収入だとかなりいい方だと思います。売上を伸ばすだけでなく利益もしっかりだせているところは、経営を学んできたおかげです。
――年収1,000万円はすごいですね。パン屋さんの中ではかなり多いほうではないでしょうか
笠間:パン屋さんは一般的に労働時間は長いんですが、給料は少ないんですよね。大手のパン屋さんでも年収300万円に満たない人もいます。お金がすべてではないですが、お金があることでできることも増えていきます。当店で修業した子達にも、独立するなら最低でも年収1,000万円は目指そうねと伝えています。
――パン屋さんで独立して年収1,000万円を達成するためには、どんなことを意識すればいいのでしょうか
笠間:繰り返しになりますが、経営に関する知識を身につけることが必須です。パン屋さんはメディアでも取り上げられやすいので、はじめはうまくいくケースが多いです。しかしお客さんが来てもパンが作れていなかったり、接客が悪いとお客さんは必ず離れてしまいます。
そうならないためにも、修行中にできるかぎり経営のイロハを学びましょう。修業期間にすでに自分が経営者(起業家)のつもりで働くことで、パン作りはもちろん経営に関する知識やスキルをより早やくより深く習得できると思います。
パン屋さんで独立して成功したいなら経営知識を身につけよう
――この記事を読んでくれているパン屋独立開業希望の方に、最後にメッセージをお願いします。
笠間:パン屋さん(ブーランジェ)は肉体労働であり決して楽ではない仕事ですが、生涯をかける価値のあるとてもやりがいがある仕事です。
しかしパン屋さんとして独立して本気で成功したいのであれば前述した3つの力つまり「作る力」「売る力」「集める力(伝える力)』をしっかりと学びましょう。パン作りだけでなく経営知識をしっかりと身につければ、独立しても必ずうまくいきます。成功を祈っています!
笠間さんが経営するお店「ブランジェリーぱぴ・ぱん」の採用情報はHPのこちらから:http://www.papi-pain.jp/recruit
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